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久留島武彦とは

久留島武彦先生をご存知ですか?

 

武彦先生の先祖は戦国末期に瀬戸内海を拠点とした村上水軍の一族、来島氏です。関ヶ原の戦いで豊臣方に属したことで伊予の所領を奪われ、海のない豊後森へと移りました。その後2代通春は姓を来島から久留島へと改め、125百石の小大名として幕末まで存続しました。武彦先生は、10代藩主、通明の弟である通寛の息子として、1874(明治7)年619日金曜日、玖珠町森で生まれました。

 

明治27年 日清戦争に従軍して日本初となる戦場ルポルタージュを発表

明治36年 横浜のメソジスト教会で日本初の有料口演童話会を(715)開催

明治40年 日本初の専門児童劇団を創設

明治41年 日本初の96日間世界一周観光旅行に参加

明治42年 武彦先生脚本の「新桃太郎」が日本初の児童映画化

明治43年 野村徳七の支援で東京穏田四番地に早蕨幼稚園を創設し34年間経営

大正13年 デンマークで開催されたボーイスカウト世界大会に日本代表の副団長として参加、「人魚姫」などで知られるアンデルセンの生誕地オーデンセを訪れ、アンデルセンを粗末に扱うデンマークの人々に彼の偉大さを訴えたことがきっかけでアンデルセンが見直され、お墓が改修され記念館も建ち、デンマークのメディアは武彦先生を「日本のアンデルセン」と称賛

大正14年 東京帝国劇場で「アンデルセン没後50年記念お伽祭」を北原白秋らとともに開催

昭和 2年 日本初の放送用「コドモテキスト」を刊行

昭和11 「久留島武彦童話活動30周年」を記念して、神戸市に桃太郎の銅像第1号が建ち、昭和12年、奈良に第2号が、昭和13年、北九州の到津遊園地に第3号が建つ。現在唯一生き残った第3号の桃太郎像が玖珠町に運ばれ、三島公園内に建っている。

昭和12年 北九州の到津遊園地に開設された林間学園の初代学園長となり、以降23年間歴任

昭和19年 第1回「小国民文化功労賞」を小川未明とともに受賞

昭和25年 「久留島武彦童話活動50周年」を記念して玖珠町三島公園に日本一の「童話碑」が建立され、第1
回の「日本童話祭」が開催される。

昭和27年 全国童話人協会を設立し、亡くなるまで初代会長を歴任

昭和28年 京都嵐山の法輪寺に第2号の童話碑を建立(第3号は愛媛の大通寺、第4号は愛知の妙興寺)

昭和33年 口演童話の分野で日本初の「紫綬褒章」を受賞

 

「お話は子どもの生命の糧だ」と語った武彦先生は、「身動かざるものは心働かず」の信念のもと、昭和35(1960)627日に86歳で亡くなるその1ヶ月前まで、日本全国はおろか、お隣の韓国をはじめ全世界をくまなく語り歩き、「継続は力なり」という姿勢を貫きました。また、創作童話も数多く残しております。武彦先生が亡くなった1ヶ月後(昭和357)には、()日本青少年文化センターより「久留島武彦文化賞」が創設され、久留島イズムを次世代へつなぐ灯となっています。

 

玖珠町久留島武彦研究所作成

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更新日:2016/1/18

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